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2013/09/13(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(001)  

三蔵フライデーを雑誌と見立てて占いのページがあっても良さそうだ。占いには色んな方法があるが、出来れば「役に立って」しかも教養になれば学習し甲斐がある。とは云え、複雑なものは実用に到るまでに挫折してしまう。そこで科学的な思考が出来る今風人間としての「占い教室」を開講することにしてみよう。

先ず「占いの種類」だが、最も手軽なのが相学(そうがく)だ。その中でも人相がとっつき易いし実用的だ。そして手相も面白い。科学的な言葉で云わせてもらうと、それらは人体の観察なのだ。いっぽう物体の観察には、家相とか地相とか小さいものでは印相もある。

ところで私が最も重宝するのは刻路(こくろ)いわゆる時間を観る占いである。人の一生を探るには産まれた時間を観る四柱推命や密教占星術等の含入象(がんにゅうしょう)。事件を占うならば六壬神課(りくじんじんげ)や星符与景(せいふよけい)等の対機象(たいきしょう)を使う。

含入象の含入は、胎児が母から離れて初めての呼吸で時間粒を含み入れたこと。対機象の対機は、初めて事件の謎に立向かう時刻。釈迦が相手の能力に合わせて説法した対機説法から起因させた用語だ。

因みに人相では「化粧の濃い女性だったら人相なんて観れないよ」と心配される方もおられるだろう。しかし大丈夫だ。神相学派では、顔を側面から観る隣面相法(りんめんそうほう)が主で、顔を正面から観る対面相法を客とする。だから化粧に惑わされることが少ない。化粧の濃い女性は昔にも普通に居たし、人の性質を見抜こうと欲するならば対面よりも隣面のほうが有利なのだ。

写真は「カナダからのメニス写真メール」本日受信したばかりの撮りたてだ。たまたま隣面相法の題材になる横顔が写っている。これなら五輪相(身体相のこと)の判断も出来そうだ。仮に対機象でメニスの何かを占うのであれば「私がこの写真を初めて見た時間」を探求することになる。
もちろん占いとは関係無しの「人体観察」をしても結構だ。



2013/10/11(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(002)  

(001)では人相について語ってみた。実際の相法を語るには本稿の紙面では無理だが、我々が採用している方法論を知ってもらうことは可能だ。

今回の話題は密教占星術。日本では最近、書籍も増えてきたので知っている人が多くなった。しかし世界規模での知名度は無いに等しい。一般的には「それ何」と言われるはずだ。

密教と云う単語ならば(聞いたことあります)と言ってもらえるかもしれない。それでは弘法大師「空海」と云う僧侶名はどうか。若い人にはヤッパリ「それ誰」なんて言われそうだが、宗教に興味のある人の間では有名人である。

日本での仏教宗派に真言宗・・・と云うのがある。日本真言宗は弘法大師が始めた宗派であり、密教占星術の御本家だ。基本的な御経は宿曜経。宿曜経の宿は廿七宿、曜は七曜の曜だ。七曜とは我々が親しんでいる月火水木金土日の七曜のことで、宿は月が見かけで通過する星座のことだ。

よくある疑問「占いの本で密教占星術を知ったのですが、廿七宿と廿八宿の二通りがあります。どちらを信じたらよいのか困惑しています」

本稿で言いたい要点「神相学派では廿八宿を使用しています」
「何故ですか」と聞かれたら、もちろん理由がある。

密教占星術を述べた最も権威ある書物「密教占星法」では多くの文献考証で廿七宿を正当としている。著者は森田龍遷、高野山大学出版部が1941年に発行した。私も、その名著で学習した一人だ。納得の出来る文献考証であり、文章の一字一句が尊敬に値する。そして多くの寺院発行暦は廿七宿を使用している。しかし私は廿八宿を使用する。

日本では平安時代から廿七宿が暦に記載されていた。しかし1685年、江戸幕府天文方の改暦により廿七宿は廃止されて廿八宿が使われ始めた。

廿七宿と廿八宿は観測起因を含めて生立ちが違う。廿七宿はインド産まれ、廿八宿は中国産まれだ。廿七宿を古法と呼ぶことがあるが、それは江戸幕府の改暦を境としての古法である。因みにインド発の仏教経典中にも廿八宿法が存在する。つまり古来から廿七宿と廿八宿は在ったのだ。インドでは身分階級が厳格だが、廿八宿法を採用する摩登伽経(まどかきょう)では、人間の平等を説く。摩登伽経(注一)は私が大好きな経典だ。

写真は二人を廿八宿と廿七宿に見立てた。何でもない図。

(注一)摩登伽経の廿八宿法は中国の廿八宿法とは発祥が違う。しかし漢訳で中国の廿八宿と同じ名称をを振った為に混同される場合が多い。因みに江戸幕府天文方が採用した廿八宿は、中国での観測起因によるものだ。神相学派では中国産廿八宿を「盤古請来法・ばんこしょうらいほう」摩登伽経廿八宿を「水分会尺法・すいふえしゃくほう」と呼び、区別している。



2013/10/18(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(003)  

私が師(注一)に習った主な占いは密教占星術だった。(002)の注で述べた摩登伽経の思想を核として宿曜経の技法を学ぶものだった。
今回は八門遁甲を使った推命について語ることにする。誠に申し訳ないが、八門遁甲を既に学習している人を対象にしている関係上、殆どの人は面白くもなんともないだろう。御了承願いたい。

現在、日本で行われている八門遁甲は透派が主流だ。北海道大学で論じられた奇門遁甲の基礎的研究(注二)でさえ、透派から学んだ人達の書籍を手掛かりにして中国の原典に入ったように思える。
私も師の許しを得た上で透派書籍から多くを学んだ。

もう20年以上前になるが、佐藤六龍氏の著作(注三)を読んでから八門遁甲を推命に使うようになった。立向日盤を使用するので生時刻不明な人に使えるが、私が最も重宝したのは行運法である。
九星(注四)に行運期間を担わせて、大限(十年運)と小限(一年運)を現す。九星は北斗九星に因んだ星神通法なので、神相学派にとっては北斗守護番期として祭用(注五)することが出来る。初番期の大限「1歳から10歳まで」と初番期の小限1歳を「男命は天冲から順、女命は天柱から逆」に起こす。

試しに本日の立向日盤で私流の女命式を紹介する。方位盤は写真のようになるが、下記のように記述すると使い易い。本音を言うと、この記述法を試してもらいたいから本稿を起こしたのだ。私は凄く重宝している。

【卦位・天地・八門・九宮・八神・九星・大限・小限】
【乾六】己丙 開 五天 柱 01〜10 [01-10-19-28-37-46-55-64-73-82]
【中五】乙乙 中 四中 心 11〜20 [02-11-20-29-38-47-56-65-74-83]
【巽四】丁己 杜 三合 禽 21〜30 [03-12-21-30-39-48-57-66-75-84]
【震三】庚己 傷 二陳 輔 31〜40 [04-13-22-31-40-49-58-67-76-85]
【坤二】辛庚 死 一蛇 冲 41〜50 [05-14-23-32-41-50-59-68-77-86]
【坎一】戊辛 休 九地 内 51〜60 [06-15-24-33-42-51-60-69-78-87]
【離九】丙壬 景 八陰 蓬 61〜70 [07-16-25-34-43-52-61-70-79-88]
【艮八】壬甲 生 七雀 英 71〜80 [08-17-26-35-44-53-62-71-80-89]
【兌七】甲丁 驚 六符 任 81〜90 [09-18-27-36-45-54-63-72-81-90]

(注一)神相学派九三代真条導士。女性導士、本名は妙子。
(注二)北海道大学大学院文学研究科 研究論集 第10号 2010年12月24日
(注三)香草社 昭和50年4月10日発行「奇門遁甲推命術」
(注四)天蓬 天内(草冠を略す) 天冲 天輔 天禽 天心 天柱 天任 天英
(注五)天蓬-貪狼星-命泉撫(めいせんふ)
天内-巨門星-水遣女(みやりめ)・天冲-天存星-田刈目(たかりめ)
天輔-文曲星-浮裸利葉(ふらりは)・天禽-廉貞星-酒喰女(さけくらめ)
天心-武曲星-割蔵葉(さくくらは)・天柱-破軍星-尺分葉(さくわけは)
天任-左輔星-和知得(わちえる)・天英-右弼星-天乃尺法(あめのさくのり)



2014/02/07(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(004)  

今回は六壬神課学(注一)を使った諮歳法(しさいほう)について語ることを試みる。よって六壬神課学を既に学習している人を対象にしている。殆どの人は面白くもなんともないと思われるが、御了承願いたい。

日本での六壬テキストは占事略決が代表である。占事略決の役割は六壬式占の技法を伝えるだけではない。十世紀に現存していた古占書のなかで、完全な形で残って内容を伝えてきたことだ。本稿は学術目的ではないので伝誌にて失礼するが、基本となる占機について語ることを願う。

六壬式占で行う諮歳法は立春時刻に立てる。質問された時刻で課式を作る占法所以であるが「それなら未来の事象は計算されることになる」と、錯覚しがちだ。ところが諮歳法は「その近年の時事を知っていることが前提」なのだ。四課三伝の支関係や神将の読取りは、毎年変化する。同じ支関係であっても、神将の象意であっても、意味する事は違うのだ。私は分野(注四)でさえも変化すると考える。例えば露西亜を子に置くことは一般的だが、本年は午に置くべきだと思う。何故に答える余裕はないが、実践にて研鑽されることを薦める。

2014年の立春は2月4日辰刻である。暦によっては卯刻になっているが、私は辰刻を流決(りゅうけつ)している。
立春の月将は子将になる。日支が午なので辰の上に子を加えるのが天地盤になる。

写真は十二神将ならぬ十二鏡子を並べてみた。

(注一)六壬神課学(りくじんげがく)主に事件を占う占術とされる。ここでは現在一般的である名称をしようしている。
(注二)諮歳法(しさいほう)年始に其歳の吉凶を占う神事。神社等で様々な方法で行われる儀式であるが、ここでの諮歳法は神相学派用語である。一つの方法論ではなく、広い意味での「その歳を案じる方法」のこと。
(注三)占事略決(せんじりゃくけつ)安部晴明の著作とされる。
(注四)ここでの分野(ぶんや)は、星や記号と地図上の地域を相当させる分野説のことを言っている。中国での廿八宿分野説などは、その代表例である。
(注五)ここでの流決は「採用する」と云う意味で使っている。学派用語(本来の)流決は、英語文法での be動詞 のようなもの。



2014/02/08(Sat)  投稿裏話「占い教室」(004)  

「占い教室」(004)の内容は、六壬神課学を学んでいる読者でも一部しか理解出来なかったかもしれない。そこで投稿裏話として、追講を試みることにする。

先ず(004)で最も述べたかったことは「近年の時事を知っていることが前提で諮歳法が成立する」ことだ。
これは一般事件占でも言えることで、象意を読む為の基本態勢である。
占学者には、歴史や社会常識等の幅広い学識が要求されると云うわけだ。

次に私的見解としての「世界情勢占」での分野説を聞いて欲しかった。
地理的象意ならば北方を占める露西亜が子に相当する。干支域ならば壬子を露西亜、庚子を極地方に置く。スカンジナビア半島を中心に据える領域は戊子に相当させ、アメリカ大陸北部には丙子を担ってもらう。そして甲子はアフリカ大陸に隠れる。

次に「露西亜を子に置くことは一般的だが、本年は午に置くべきだと思う」と述べたのは、政治情勢の読取りからの象意転換である。地理的象意によって天災等を観るにしても、四五共策を信じる(注一)立場を取れば「火気が暴走気味の大国は午象を発揮する」と考えるからだ。

最後に「日支が午なので辰の上に子を加えるのが天地盤になる」と述べたが、これは日本語として奇妙な文になってしまった。書き直すと「日支が午で、辰刻の上に月将子を加えて天地盤(注二)を作る」となる。因みに日干は丙なので寄宮支は巳になる。よって第一課・地巳天丑、第二課・地丑天酉、第三課・地午天寅、第四課・地寅天戌。四課中、第四課のみが地刻天になっているので重審課(注三)になる。三伝は各六壬書掲載の表(注四)によって簡易に求められるが、これは重審課なので遊行法を使えばよい。初伝戌、中伝午、末伝寅。

(注一)四五共策(しごきょうさく)第四を神界、第五を人間界としての呼称。神々の動きと人間界の動きが相互に策を与えて影響し合う〜と云う考え方。
(注二)私は子が何番目の十二支上に在るかを局数にしている。この天地では、五番目の辰に子を加えているから五局の天地盤。
(注三)六壬神課学講義 山下訓弘著 (株)JDC では197頁に解説。
(注四)同上書 では215頁に表掲載。



2014/10/10(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(005)  

一昨日(8日)私の自宅から、月食は綺麗に観ることが出来た。小学生の息子は観測日記が宿題だったらしく、熱心に眺めていた。ところで今回は久しぶりの「占い教室」だ。私が月食を述べる場合は「密教占星術」の話題になるのだが、残念ながら密教文献には「月食の話題」が豊富とは言えない。

ここで師と月食について語り合った思い出を文にしてみたい。私は19歳だった。当時の私は、時間を惜しんで読書に没頭していた。そして師に会う度に、書物から学んだ内容について質問をしていた。師の考えを知りたかったからだ。

私「師が二八宿で占う場合なのですが、月食の扱いはどうするんですか。吉凶とか象意も知りたいのですが、実用的な判断法なんてあるのでしょうか」
師「経では宿と食のことを書いてあったと思うが、象意を考えるよりも活用観か推命観かを分けることが先決になるな。活用観では食日に何をするかで、推命観では生月に食が起きたかどうかを考える」
私「師は何かに活用されたことはありますか」
師「月食の日に住処(すみか)を変えたことがあった。その日になるまで月食だと知らなかったが月食だと知って、それまでの住処を急に出た」
私「月食の日は移転に良いと云うことですか」
師「良いか悪いかは使い方だ。人生には必ず岐路がある。その岐路を選択して行動に移すのに適日なのだ」

師との話は一時間以上、学んだ内容で最も感銘を受けたのが「観食有言」意味は「自然な成行きで岐路を迎えた日に食が起きる」と云うことだ。発魂の通日、大事に向かって歩みだすそうだ。師から授かった私文書に「恵果月読之策」と云う私暦が在るが、起稿日が月食だったと伝えられている。

私「師が月食を知ってから住処を出たのは観食有言ではないですよね。たまたま出た日が月食だったら観食有言ですよね。と、云うことは活用観なのですね」
師「だがな、発魂の通日にしたくてな。急に動いた」
私「その結果はどうだったのですか。何かあったのですか」
師「訓ちゃんに出逢ったぞ。学派の考えに新らしい考えが入って来た。科学の勉強なんぞは、わてには不向きだし」

師は経や伝承から密教占星術を学んでおられたが、私は図書館で読んだ天文学書の内容を師に伝えることが出来た。20代になってからは大学の図書館を利用出来るようになったので、大蔵経を読むことも容易になった。本稿は「観食有言通日発魂」の八文字を伝えたくて起こした。

写真は2014年10月8日、綾沢まみ子撮影の月食。



2015/01/02(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(006)  

年頭につきものは暦、新しい歳に希望を託して抱負等を想う。暦は農業に欠かせない法具であるが、今では精神面に彩を与える文化とも云える。
ところで今回は密教占星術の話題、しかし専門外の諸氏にでも分かる内容を心掛けることにする。

(004)で話題に上げた諮歳法(しさいほう)を再び取り挙げる。これは一年間を占うことであるが、個人の年運を占うのではない。所謂、世間がどんな年かを考える方法だ。原理は簡単で「歳の始まり」を観て、それを「その歳の様子」として判断する。分かり易く云えば「歳の始めに産まれた人の運勢を観る」と考えれば良い。
最初に産まれた時間は「その一年を物語っている」と主張して論を進める。

時刻を使う占術ならば「その歳の最初の時間」で占う。
日を使う占術ならば「その歳の最初の日」で占う。
本題の密教占星術では、日を重んじて元旦を対象にする。
少なくとも私の学派では、そのようにしている。

そこで突拍子も無いことだが、普通に元旦を使って「どんな歳に思えるか」を観る。そして旧暦の元旦を使って「実質どんな動きになるか」を観る。ここでは方法を語るに止めるが、興味を持った人は暦を見て欲しい。一般的な「二十八宿歴」で、新暦の元旦と旧暦の元旦に配されている宿を観るだけのことだ。
そして記載された「二十八宿の解説」から、それぞれ思考を試みてほしい。

どのような発想が出るかは、その人の素質もある。しかし各自の個性から滲みでる判断が必ずあるのだ。写真は「白黒猫の夫婦」が月に乗っているのだが、背景は明治43年に大阪矢島誠進堂書店から発行された「二十八宿詳解」の七十ページと七十一ページ。白黒猫の白は「満月」黒は「新月」猫は(語源の一つとされる)寝子から、月は「夜に象を与える」ことをイメージした。



2015/04/03(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(007)  

占いの目的は開運だが、案外多いのが危機回避の嘆願だ。開運作業は、日常生活の維持が当たり前にできているのが条件。それに対して危機回避は、日常生活が脅かされている状態から始まる。一般用語としての意味に分別はなく「今より良くなる」ことを開運と定義すれば良い。ならば何故、分別の必要があるのか。それは開運手段の選択が必要だからだ。手段が適性ならば高品質な効果が得られる。

本稿では危機回避の適性象意を考えたく奇門遁甲を例に取る。故に動くことが必要なのだが、吉運に向かう為に象意を知って吉を呼吸する。天甲地丙は典型的な開運なので日常の成果を実らせる。天丙地甲は予期せぬ一発勝負、実力が伴わないこともあるが構わない。但し、チャンスを掴む為の機敏な動きが必要だ。

ところが「遁甲って何ですか」と云う諸氏が殆どだと思う。そこで簡易版で話を纏めると、朝日の御来光を拝むのが開運。夕日の御沈光を拝むのが危機回避だ。ここでは本稿に付き合って下さっていることに敬意を表して、写真符を用意した。あえて八方にしないで 、十二方象にしている。中央の夕日は、ハワイ現地時間の26日に撮影した。飛鳥跌穴の象意によって、皆さんに幸あらんことを願う・・・



2015/05/01(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(008)  

占いは多種多様だが、日本人にとって汎用なのは干支(えと)によるものだ。実際には十二支を使用して、時の流れに彩りを感じる。子年生まれの人は魂様(注一)が小刻みに顕れる。とか、丑年生まれの人は魂様が潜在して行動を緩やかに支配する。等は、私が師から聞かされた話だ。

方向の性質を十二支に求めることもある。いわゆる方位学であるが、これも流儀があって夫々が個性在る理屈を述べている。私の師は、日本の地名を十二支で著わしていた。中心は京都御所で「式」と呼び、石川県から富山県あたりが式卯(しきう)。淡路島から四国にかけてを式酉(しきゆ)。式卯から式酉を東西式線として日本國祭司領とした。

ここでは「こんな考えが在る」くらいの紹介なので詳しくは語らないが、師が著わした地野斜式は駆馬(かけうま)による龍神引率路を述べているのだ。そこで私が行う龍神路の一部、九州沿操龍路を紹介する。これはフランスの人読者からの要望だ。

九州沿操龍路の操起地は行橋。
第一走路廉貞破軍双通星「国道10号線、行橋から都濃」
第二走路天府通星「国道10号線、都濃から都城」
第三走路天同太陰双通星「都城から国道10号線、鹿児島照國神社前交差点から国道3号線に接続して川内」
第四走路武曲貪狼双通星「国道3号線、川内から八代」
第五走路太陽巨門双通星「国道3号線にて八代から八女」
第六走路天相通星「八女から国道3号線、鳥栖から国道34号線に乗り西行。武雄下西山交差点から国道35号線に接続して佐世保」
第七走路天機天梁双通星「国道204号線、佐世保から平戸口を経由して伊万里。国道202号線、伊万里から博多。国道3号線、博多から門司」
【九州帰魂操龍路】
第八走路紫微七殺双通星「操起地は下関。本州から中国自動車道により関門橋を通過。九州自動車道に流入してえびのジャンクションから宮崎自動車道。そして清武インターチェンジから東九州自動車道に流入して都濃から流出。都濃神社から住吉神社への往復「天会脚」を行った後に、東九州自動車道都濃から流入して往路を戻って復路と成す。

写真は泉野鏡子とハーレーダビッドソン。柔剛の彩色が映える。

(注一)魂の性質のこと。肉体意識を維持する命根性。



2015/05/08(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(009)  

要望があったので、前回に引続き駆馬の龍神引率路について述べることにする。運命は動くことにより走路を選ぶ。速さは大切であるが、走様は更に重要だ。方位作用は早く移動したほうが強く出る。しかし、走様は品位を齎(もたら)して強弱を超えて吉祥を与える。歩く、走る、或いは乗車する。人それぞれの動きではあるが、駆馬は乗龍を以て本意とするのだ。

式卯から式酉を東西式線として日本國祭司領とした場合、それが現れた火香背男道は名神から東名高速に当たる。式申は神戸から瀬戸内に流れ、背男を担った天若女(あまんじゃく)が内腹を撫でる。それは中国道と山陽道に対応して与景されて来たのだ。またまた訳の分からないことを云うが、笑って見過ごして頂くことを願う。

それではフランスの人、読者からの要望に応えて北海道沿操龍路を紹介する。駆馬神事が確立される以前は岸に沿った道路を走った。今は国道とほぼ平行に走っている高速道路へ流入しても可能だ。方向も問わなくて良い。

【北海道沿操龍路】
北海道沿操龍路の操起地は函館。
第一走路紫微通星「国道5号線、函館から札幌」
第二走路天機通星「国道12号線、札幌から旭川」
第三走路太陽通星「国道40号線、旭川から稚内」
第四走路武曲通星「国道238号線、稚内から網走」
第五走路天同通星「国道244号線にて網走から厚床」
第六走路廉貞通星「国道44号線、厚床から釧路」
第七走路破軍通星「釧路から国道38号線、共栄から国道336号線、西幌別から国道236号線、浦河町大通3丁目から国道235号線にて苫小牧」
第八走路七殺通星「国道36号線、苫小牧から室蘭」
室蘭と長万部とは洞爺湖を通じて接道されている。しかし第五沿操龍路としての完璧を求めるのであれば、第九走路を加える。
第九走路天梁通星「国道37号線、室蘭から長万部」

【北海道尊霊界統括操龍路】
北海道尊霊界統括操龍路の操起地は釧路。
第十走路天相通星「国道38号線、釧路から滝川」
第十一走路巨門通星「国道12号線、滝川から旭川」
第十二走路貪狼通星「国道39号線、旭川から網走」

【北海道退魔操龍路】
第十三走路太陰通星「網走港から国道244号線、小清水町北斗より国道391号に入り、屈斜路湖と摩周湖の間を通過。更にシラルトロ湖と塘路湖の間を通過して釧路に至る」

【北海道始来操龍路】
第十四走路天府通星「帯広から国道241号線にて上士幌から国道273号線へ入り、大雪ダム横で国道39号へ乗る。そして東行、北見市留辺蘂町から国道242号線を南行して帯広へ戻る」

写真は水浴する泉野鏡子。透ける水着は如何なる吉祥だろうか。



2015/05/22(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(010)  

民主主義は理想的な執政法であるが、これは理論上のことだ。社会主義であろうと王制であろうと「ある条件さえ満たせば」政治は必ず上手く行く。それではどんな条件を満たせばよいか(簡単なことだ)人間一人一人が(理論で云うところの)理想的な人間になっていることだ。偏見を最小限にして、身勝手を捨てて、社会全体を高次元で止揚する生物。もちろん今のところ「ありえない」ことで、残念と云うより当たり前のことである。世は偏見に満ち、虚像を以て動いている。

ところで今月17日は「大阪都構想」が一応沈没した。橋下徹氏は頑張ったと思う。但し(我々全員がそうであるように)橋下徹氏も理想的な人類にはなれていなかったから、隙があって完成度は落ちていた。それは日本人総括魂の姿であるから「日本國は未だ病からの回復期に入れない」と思われる。
私の戯言かもしれないが、日本國の執政は近畿地方を軸にするべきなのだ。「大阪都構想」の沈没は(私流ですが)日本船は一旦難破したことになる。我々そろそろ、宇宙船にでも乗換るべきなのか。

ここで占いの話だが(私の流派では)何かの当年を合歩(ごうほ)、次の歳を明歩(めいほ)と呼ぶ。あわせて合明(ごうめい)と呼ぶ。そして合明には、響音橋(きょうちんきょう)と切音橋(せっちんきょう)の区別がある。響音橋は合歩が陽干歳の場合で、切音橋は合歩が陰干歳の場合。つまり、何かがあった歳が陽干か陰干かの違いを述べているだけだ。そして「響音橋は継ぐことを得意として、切音橋は仕切ることを得意とする」のが象意。

今年は乙丑、陰干歳なので「大阪都構想の沈没」は切音橋になる。日本國は、これを仕切りとして「新たな好展開」を為さなければ、次は日本全体が沈没してしまうのではなかろうか。私の戯言であることを望む。



2015/06/05(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(011)  

「占い教室」(007) に対して多くの方から質問を頂いた。質問者は占学者ばかりだったので内容は専門的なものばかり。その筆頭は「飛鳥跌穴の象意について詳しく知りたい」だったが、最も興味を引いたのが写真符についてだ。

「占い教室」(007)に掲載されていた写真は中央だけを見つめるのか、それとも全体を見つめるのか。熱心な四人からの質問だ。とにかく私の写真を真面目に扱っていただいていることを感謝する。十二方象として配置した鏡子&メニスは結界の役割をしている。要するに中央を守るための額だと考えれば良い。符としては中央を見つめれば良いのだ。

「占い教室」(007)に掲載されている写真は、単に写真として観るのが楽しいです。鏡子ちゃんとメニスちゃんの写真が気にかかって中央に集中できません。二人の占学者が、そのように呟いた。そこで今回は夕日の写真符のみを掲載することにした。これだったら一般の写真愛好家にも観てもらえる。一応、望遠で綺麗な構図に収まっているからだ。

この夕日は、ハワイ現地時間の2015年3月26日に撮影した。



2015/07/24(Fri)  三蔵フライデー「占い教室」(012)  

私の経験範囲だが、占いでの質問最多は男女の相性だ。そして結婚運の有無。「結婚出来ますか」なんての質問には「相手を選ばなかったら出来ますよ」と切り出すことにしていた。ニコッと笑って冗談のように受け止める人、(真面目に聞いてくださいよ!)ってばかりにムッとした表情を見せる人、概ね二種の雰囲気に分かれた。

そして私なりの結論では・・・
「ニコッと笑って冗談のように受け止める人」は結婚運の良い人が多く、「真面目に聞いてくださいよ!ってばかりにムッとした表情を見せる人」は結婚運の悪い人が多かった。どんな縁でもキッカケの一瞬がある。その一瞬に浮き出る表情が対人関係を動かして行くのだ。私流の専門用語では「浮念」と呼んでいるが、その表情が其人の「対人接合部」なのだ。

そんな馬鹿なと思う諸氏もあろうが、私にとっては色んな場面で役立った占法だった。この二種認識によって命拾いしたこともある。ところで「魂の相性」なんて大袈裟な言葉もあるが、何よりも大事なのは「人間として互いに気に入るかどうか」だ。幸せな人生と円滑な職務遂行を考えるならば「浮念」を逃さずに観察することだ。

写真は2015年7月21日 Richmond にて、私本人です。御目汚しですみません。



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